INTPにこの世はかなり難しい

なんとか人間やってます

A24『パール』感想

※ネタバレありの記事なので、未視聴の方はご注意ください。

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パールがトウモロコシ畑でカカシ相手にdry humpingするあたりからnot for meな映画かも…とゲンナリしていたのだが、なんていうか、家父長制と精神疾患描写(特にサイコパシーと統合失調症)の悪いところを全部のせしたかのような映画だった。一番の敗因はポスターや予告で期待しすぎたことだろうか……あとA24の『X』を観ていないこと……?しかし1918年設定とはいえ、2020年代にもなってマスターベーションしたり映画女優(セックス・アイコン)になりたいと夢を抱いた程度で、主人公が淫婦呼ばわりされるとは思っておらなんだ。いや時代背景は分かるんだけれども。

物語の時代設定的に諸々仕方がないとはいえ、とにもかくにも公的な社会福祉と医療支援を期待できない状況って本当につらい。唯一頼れそうなのはヨーロッパに従軍しているハワード(パールの夫)の実家だが、パールの母親は「施しは不要」と差し入れすら断ってしまうし……。

『ジョーカー』の主人公アーサーがあれだけドラマチックに、ロマンチックに、ヒロイックに描かれていたのに対して、流産に夫の不在に実父の介護に農場の管理に貧困にルッキズムにと、家父長制のダメな部分に雁字搦めにされているパールが社会に対してかなりこじんまりとした反逆しかできないなんて、そんなシナリオあんまりだよ……牛の糞尿で教会を爆破するとか、オーディションの審査員を全員まとめて毒殺するとか、もっと……もっと盛大に復讐できたやん……?

パールの母親について

映画の中で、母親のルースはパールがもっとも反抗心と敵愾心を向ける仮想敵として描かれていたが、私はルースに対してもけっこう同情してしまった。スペイン風邪のせいで夫が要介護者になってしまうし、子供は農場の生き物を平然と殺してしているし、なんなら最近は要介護の父親(ルースの夫)を池でワニの餌にしようとしているし、赤の他人の私から見ても人生詰んでる感がかなり濃厚である。*1

サイコパス型のシリアルキラーの場合、幼少期から小動物を虐待したり殺したりする傾向を持ち、歳を取るにつれて少しずつ大きな生き物を選ぶようになり、最終的に人間を殺害対象にするようになると言われている。パールが小動物を殺しても良心の呵責など感じておらず、死骸を野生のワニに与えて日常的に証拠隠滅を図っていたことにルースはおそらく気づいていたはずで、夫(パールの父親)が五体満足で健康ならいざ知らず、車椅子生活で自分の食事すらままならない状態では、いよいよ神は我を見放し給うた……と身の危険を感じていたのではないだろうか。

寝室のベッドでルースが泣いてるシーンは「そりゃ泣きたくもなるわ…」と不憫だったし、パールに向かって「小さい頃からあなたのことをずっと見てきた」と言った瞬間も「そりゃ不安しかないわ…」と大きく頷いた。24時間の在宅介護に加えて、精神疾患(特にサイコパシーや統合失調症などの不可逆的で寛解を期待できないタイプの精神疾患)を抱えている人の生活管理というダブルパンチは、車いす生活になったのがルースで介護役は父親だったとしても、近い将来に限界が来る。

そうでなくとも、順当に行けば父親の次に死ぬのは母親のルースなわけで、自分亡き後もパールは真っ当に暮らせるのか、殺人を犯して社会に迷惑をかける存在になるのではないかと心配する日々は、夫を介護する生活よりも長く続くに違いないのだ。現状維持どころか、戦況悪化の一途をたどるジリ貧の撤退戦である。つらい。

ルースもパール同様に今の生活から逃げ出したいと願ってはいるだろうが、無責任に何もかもを放り出すことはできないと、覚悟を決めて暮らしてもいる。そしてパールもルース同様に、自分の家族を見捨てることはできないと感じているからこそ「父親が死ねば自由になれるのに」と葛藤しているのだが、このあたりの描写は先の見えない介護生活に疲れて精神的にボロボロになってる人間や、ヤングケアラーとして親の介護に自分の人生を費やしてる人間のことも、製作陣はもっと意識しても良いんじゃないかな〜〜〜と考えてしまった。

スペイン風邪のアメリカでの流行開始が1918年2月、トウモロコシの収穫時期が8月以降、第二次世界大戦の終結が11月なので、パールの父親は車椅子生活になってからわずか一年足らずと予測できる。自力で食事ができず、ヨダレも拭けず、入浴も(おそらく排泄も)全面的に介助が必要な状態の成人男性を身内の女性二人だけで在宅介護するって、いくらなんでも人生ハートモードすぎないか?と思うのだが、世間的には「夫の介護生活に疲弊している妻」「父親の介護生活に嫌気がさしている娘」ってそんなに"悪人"なんだろうか……。

 

それとも家父長制を腐すために全部わざとやっているんだろうか……分からない……私には分からない……私に分かるただ一つのことは、映画技師役のDavid Corenswetがあまりにもハンサムすぎたという事実だけ……。ああ、なんてハンサムの無駄遣い……。調べたら身長193cmで2025年公開予定の『Superman: Legasy (原題)』のスーパーマン役らしい。う〜〜〜んHenry Cavillより少し線が細いけどアリアリのアリ。

そういえば『ヴァチカンのエクソシスト』に引き続き「ぶ、豚ちゃん…!」案件だったのだが、パールの義母さんが玄関に置いていった豚の丸焼きに湧く蛆虫の感じから、冒頭からエンディングまでの出来事は3〜4日以内に起きているように思われ、またパールの両親の状態から、ハワードが帰宅したのは日曜日か月曜日あたりだろうと予測しているのだが、ハワードがもう少しこまめに手紙を寄越していれば、パールももう少し踏みとどまれたのではないか、と考えずにはいられない。「便りがないのは元気な証拠」じゃないのよ、ミッツィ。(あの場面では本気で元気づけようとしていたのだとは思うのだけど)

 

*1:池に住んでいるワニ、もといアリゲイターは名をThedaといい、サイレント映画の女優Theda Baraが名前の元ネタになっている。Theda Baraは1917年公開のサイレント映画『クレオパトラ』でクレオパトラ役を演じているが、パールが薬を買うために町へ出かけた際、映画館の上映作品の一つとして看板にタイトルが掲げられているのがこの『クレオパトラ』である。